ほんと参考になるし、変えるために動きださなきゃいけない。

久しぶりにarisanさんのブログを見たけど、本当に鋭いなーと思います。そして変えるために動きだしたい!

朝鮮学校でのレイシズム事件について
http://d.hatena.ne.jp/Arisan/20091210/p1
★攻撃と黙認によって失われるもの:http://d.hatena.ne.jp/Arisan/20091220/p1
★そして今話題になっている「公設派遣村」入所者へのバッシングについて。報道はなぜか産経新聞(石原御用達)ばかりに出る。
http://d.hatena.ne.jp/Arisan/20100111/p1
「差別や偏見を意図して作り出す人たち」

そして京都の尊敬する友人いなりさんのblogから。
在特会や日本社会の差別のひどさは徹底的に批判しつつ、こういうことを語れる人が必要なんだ。そして自分も書いていかなきゃ。僕も本当に、まず自分の無知や無作為を反省していかなければいけないと思う。

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「朝鮮初級第一学校への襲撃事件について思うこと。」http://inariyasauce.blog71.fc2.com/blog-entry-399.html

>彼らがやったことは明らかな、そして低俗な暴力行為だけれども、それがなかったとしても、在日朝鮮人の人たちに対して、日本社会が行使してきた暴力の歴史というものがあることに常に自覚的であったかどうか・・・というと自信が全くありません。
税金を取りながらも選挙権を剥奪し、年金は支払われず、学校を学校として認めず、国庫からの学費補助を一切しない。朝鮮高校を卒業しても高校卒業したと認めない。
植民地支配の歴史を恥もせず、今もなお続けているこの国の政治をそのままにしていることを許している私自身の責任。
地域の方と話し合って公園を運動場として50年利用してきた朝鮮学校の厳しい実情を、知りもせずに強いてきた己の立ち位置。

>運動場(公園)がある土手に高速道路が通ることも、その工事が急に始められてしまったことも、私は恥ずかしながら知りませんでした。知らないで済ませられる、差別を温存する立場にどうして慣れていられるのかを考えなければならないと思います。

>私は、ざいとくかいの人たちの姿を見るたびに、中学3年生の時に小林よしのりの『ゴーマニズム宣言 戦争論』を読んで、感化され、日本の侵略の歴史を直視しようとしなかった過去に引き戻されます。様々な出会いに恵まれて今に至りますが、中学3年から大学2年になるくらいまでは、そうした認識でした。大学2年生のとき、「このままうやむやにしてはいけない」と思い、「こういうわけで、小林よしのりをきちんと批判している本を貸して下さい」と教授のところに行ったのを今も覚えています。(その時に借りた本は、上杉聡さんの『脱ゴーマニズム宣言』『脱戦争論』でした。)

>自分の体験から思うことは、「自分を正当化したくて堪らなかった」ということと、「誰かと繋がりたくて仕方なかった」ということです。物心ついたときから登校班の中で、中学校のクラスの中で「いじめ」られてきた悲しみや苦しみがありました。「どうして自分が?」。そうした素朴な問いが、自分を省みることを忘れさせ、誰かを責めたてるばかりの倒錯した愛国主義に絡め取られていった様を思いだす時、排外主義が野火のように拡がるこの社会の背景を想うのです。私は運が良かっただけで、一歩間違えば子どもたちを攻撃する側としてあの場所に立っていたのだと思います。

>誰かを罵倒し攻撃し、そのことによってしか己を実感できない人間が生まれ続ける社会というのは一体何なのでしょう。
多くの人は、優しくされたことがなかったら人に優しくすることはできません。彼らが暴力集団に身をやつすまでの長い長い道のり、誰もそのことを止められはしなかったのか。社会の矛盾に曝された者が、よりマイノリティの人に、より社会的発言権が確保されていない場所に暴力として向く。これをどう食い止めていくのかが問われていると思います。

>運動という世界を知って、9年になります。
自分にもやれることがあると知って自分なりに動いてきた後に生まれてきた子どもたちに、こんな思いをさせるなんて。
そして、もしかしたら若かった人をそういう大人にしてしまったかもしれない。
恥ずかしいけれど、自分なりにもうそんなことが起きないように力を尽くして歩もうと思います。
出会った子どもたちの笑顔に返せるとしたら、ただそれだけだから。

>ざいとくかいに魅かれてしまうような追い詰められた人たちが本当のほんとうに求めているものを、私なりに提示できるような毎日を送りたいと心から思います。