主体の悲しみ、空っぽの「わたし」、ニヒリズムとレイシズムを少しでも変えたいんだ。

落ち込んでてもしょうがないよなー、がんばりまっす。

こないだ「在特会」に代表されるレイシズムを考えて批判するイベントに行った。そこでの話や、打ち上げで鵜飼哲さんやベテラン世代の活動家と話し合ったことがとっても面白かった。
僕らとたいして変わらない若者に、レイシズムナショナリズムを広がらせた「心情」――よく言われる「不況による不満の影響」だけでなく、根本的な「ニヒリズム」、わたしという主体の空っぽさについてだ。それが日本の戦後の中でどーゆー風に広がってきたか。どうすればいいのか。そう、全然、僕にとっても無縁じゃない、苦悩や失敗そのものなんだよ。まずは自分の文章から…

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『戦後日本とは何か? 若者たちと社会運動/消費社会――高度経済成長以降の「個人」と「公共」2004年の卒業論文』、第9章より(僕はこの章に一番思い入れがある)
http://d.hatena.ne.jp/Ryota1981/20071228/1256711643

“しかしこうした情報化は、彼女たちの人間把握をも変えた可能性がある。80年代に情報化社会が20代の若者を覆った時、彼らは他者を「ネクラ/ネアカ」「マルキンマルビ」などと記号化して分類していた。それが90年代になると10代の若者に降りてきて、援助交際の相手となる「オヤジたち」が記号化されたのではないだろうか。

複数の相手と金銭を通して次々関係する援助交際は、相手に対して特別な感情を抱かないからこそ可能になる。相手に固有の感情を抱いていたら非効率で売春はできないからだ。そのため彼女たちはよく「偉そうなオヤジでも服脱げばみんな一緒じゃん」と言っていた。そしてそれは、日本社会の男たちが「女子高生」を記号化して、「制服」や「清楚」といった要素を勝手に読み込み興奮していたことの裏返しだった。

……こうして「渋谷で消費する女子高生」が若者の象徴になっていくが、都市というのは基本的に人間関係が流動的であり、渋谷のようなモノと情報に溢れた街は流動性をさらに加速させる。第8章で見たように、80年代以降の都市生活は個人化と流動化が著しく進んでいた。
そこに10代の少年少女が参加するのは、当人たちがまだ「流動的な空間である」と自覚出来ないうちからそれを所与の前提として求められることであった。つまりどんな出来事が起きてもどんな人と出会っても、それを断片的な記憶に変えてまた別の出来事や相手に向き合っていくことを10代のうちから行わなければいけなかった。

……情報化した街を生き抜くために、日常をいくつかの断片の積み重ねとして把握していくこと。例え援助交際で嫌な思いをしても、断片的な記憶に出来れば忘れていくことができる。そしてまた次の相手と向き合うことができる。90年代に一斉を風靡する「援助交際」で、見知らぬ「オヤジ」と性交渉ができる女子高生の身体感覚は、間違いなくこうした変化の中で形成されていた。

そんな女子高生は、第一章の小林よしのりのようにしばしば「他者に無関心である」と批判されたが、渋谷が消費をさせるために生み出す凄まじい情報量や刻々と移り変わる人間関係の中で生きていれば、関わり合いがなさそうに見えた相手ならある程度無関心にならなければやっていけなかったのではないだろうか? ただしそれは、自らの人生が一歩一歩積み重なり建設的に進んでいく実感を得られなくなることと引き換えとなっただろう。その後出てくる「生きづらさ」の大きな要因の一つがここにある。

“夢なんて過去にはない 未来にもない 現在(いま)追うものだから”(安室奈美恵/『Chase The Chance』)>


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怒涛の8月14日、15日――僕にはわかる、手に取るようにわかる。だから反対するんだ。
http://d.hatena.ne.jp/Ryota1981/20090816 より。

だが、自己の不満や望みを仮託したくなったとき、なぜナショナリズムなのだろう。自己に確信を持てない人が抽象的な「国家」に頼りたくなるのは普遍的なことだと言われる。では現代日本で自己を空洞化させた大きな要因は何か。社会学に興味を持った自分は、短絡的な精神論や「外の敵」ではなく自分たちの社会変化からきちんと考えたかった。それは消費資本主義の全面化だ。
 学生運動の高揚が終息に向かった70年代以降、資本主義もまた柔軟なサービス業や情報業がメインになり、それが生み出す高度消費社会に多くの人々が適応していった。多くの若者たちも消費する自らの欲望を肯定し、狭い範囲の人間関係を選び取り、日本社会全体が保守化していく。社会学者の吉見俊哉は、若者に人気を集めた「PARCO」の消費戦略や東京ディズニーランドを例に挙げながら、
現代日本社会における日常的現実も、次第にメディアによって提示される平面的な世界の拡張として経験されていくようになった”と書く。

チェーン店にインターネット。私たちの周りを娯楽情報と世界への間接的な関わり方が覆っていく。そうした中で日本社会は、今ある現実と向き合いそれを変革するのではなく、天皇制や安保体制、その下での高度資本主義という現実の虚構性を肯定していった。

 そしてそこに、社会を震撼させつつ同世代からは「自分たちの時代の象徴だ」とも語られた89年の宮崎勤事件と97年の神戸連続児童殺傷事件の主要因が見出せる。こうした戦後史の変化は多くの社会学者が共有している。宮崎は公判中に「自分は夢の中にいるようだ」と述べ、少年Aは自らを「透明な存在」と呼んでいた。

 “高度成長を経て、日本各地に広大な郊外が広がり、無数のニュータウンに林立する無数の「演技するハコ」に人びとの人生が閉じ込められていくなかで生じていったのは、他者がいて、自分とは異なる他者たちとの関係性において社会が存在しているという感覚そのものの喪失であった。宮崎勤も少年Aも、そのような他者=自己の存在感を回復するためには、どうしても想像力で祖父や神を召還し、その目の前で他者であるのかどうだかはっきりしない相手を犠牲にしていかなければならないという考えに取り憑かれていった。”(吉見俊哉『ポスト戦後社会』)

 90年代以降の社会変動だけでなく、高度な消費社会、メディア社会もまた若者の自己を空洞化させていた。そして戦後のナショナリズムは漫画や映画といった親しみやすいメディアで表現され、90年代末にインターネットで一気に開花してきた。日本のインターネットはおたくカルチャーとともに発展してきた。もともと「おたく」の若者は、70年代以降に自己を取り巻く現実への不満や虚しさを溜め込みながら生まれていた。彼らの表現行為は、社会変革の代替として始まっていたのだ。「萌え」にメジャー化する一方で、若者の根っこにある閉塞感はメディアを介してナショナリズムで埋め合わせていくことが一つのスタイルになっていく。

……不況が深刻になったから排外主義が出てきたと言われる。これも自己が空洞化して、自分の不満や不安と向き合い声に出すことができないからだ。貧困や孤独を作りだしたネオリベラリズムという直接の原因を叩くのではなく、アジアの人たちを自分の根本とは『無関係だからこそ』叩く。排外主義は普遍的なことだが、僕は自己の空洞化の激しさこそが現代日本ならではの特徴と感じている。学校で、職場で、家庭で、地域で、メディアが流す情報の中で、自分を押し殺し主体性を奪われながら生きている人がどれだけ多いだろうか? だからこそこれは、過激な行動が収まったとしても今後もより洗練・定着した形で広まるだろう。

……2000年代、自己の空洞化に悩む若者たちに支持を集め続けた「BUMP OF CHICKEN」は、『Stage of the ground』で“強さを求められる君が 弱くても 唄ってくれるよ ルララ あの月も あの星も すべて君の為の舞台照明 叫んでやれ 絞った声で そこに君がいるってこと”と唄っていた。僕が8月15日に押し寄せた若い右翼を見て言いたくなったのも、「他者を攻撃するのではなく、君がそこにいるってことを叫べ!」ということだったのだ。全てはそこから始まるのだから。

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『あなたは誰ですか? 何が望みですか?――イラク人質自己責任論はどうして広まったのか』
(フリーペーパー『シナプス』より)

人との対等なつながりを求めなければ、自分が誰でどういう考えを持っているのかを明らかにする必要は生まれない。そんな今の人々の前で、市民活動家というとてもアイデンティティが「わかりやすい」人たちが人質にされた。だが人々は、自分とは違う彼らの「わかりやすさ」を「ちょっと行きすぎだよな」と受け止めたのではないだろうか。その時、人質の紛争地域での活動が紹介されればされるほど逆に「アマチュアの個人が色々やり過ぎだ、プロの自衛隊の活動に私たちの国際貢献への思いを『代表』させた方が良い」と切り捨てられた。

これは、僕たちが自分自身でこの世界を見つめ出会うことを抑制し合いながら、「国家」に「代表」させることで虚しさを消そうとしているということではないだろうか。
今の日本で普通に生きていると正面から「自分の立場」を問われることがなく、人にそれを聞くコミュニケーションも生まれない。それでも心の底で共同性を求め出しているから、政府が上から示す「国家の利益に協力することが共同性です」というビジョンだけに渋々同意していく。そうして広がったのが今回の「自己責任論」だったのではないだろうか。

それが結果的に、誰も本気で望んではいないのに政府の政策だけを流通させている。マーケティングのプロである広告代理店も今の政府に深く協力しているから、彼らは僕たちが置かれた孤独な心理状況をある程度見透かしているはずだ。


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連載「Will you?」第1回 さびしさの帝国 
http://d.hatena.ne.jp/Ryota1981/20091218 より。

……「反戦と抵抗の祭<フェスタ>09」の直前会議を終えた11月末の深夜、僕は地元で友人と食事していた。大きなイベントを目前にした緊張感から少し離れて、世の中のできごととかを振り返っていた。80年代以降の日本は非正規雇用を増やし続け、今や違法行為や大量解雇が簡単にできるようにしてしまった。生み出された貧困はぼくらを凄まじい状況に追いやっている。

その上で、彼はこう話した。「ここ数年“ロスジェネ論壇”とでも言えるものが作られ、世代論や若者の内面が当事者の立場から盛んに語られたけど、それは欺瞞もあると思う。例えば秋葉原事件の加藤君の内面にはいわば何もなかった。なぜ「何もないから殺人になるのか」という問いの立て方をした方がいい。人間が機械にされているんだ。」

 若年雇用の問題を自己責任から社会の責任に変え、バッシングをはね返した意義は大きいと僕は思う。けれど問題を世代論に閉じ込めたままでは、ある世代の権利獲得のためだけの動きに収れんされていくだろうし、私たち自身の試行錯誤より政策論や制度設計を優先することにしかならないだろう。普遍的な所から問題を考えたいと思うようになっていた僕はうなずいたのだった。

不安定な労働・生活や孤独感はすべての世代と世界中に広がっている。資本主義のもとでは私たちの行動は使用者に管理される。私たちが生み出すものは私たちから引きはがされ、お金を通して交換可能なものに変えられていく。そして「所有権」が肥大していく。

その最新バージョンである「新自由主義」とは、ふくらみすぎた金融経済や競争社会のことだけを指すのではなかった。世の中のありとあらゆる領域に資本主義が入り込み、私たちの生活、身体、こころのすべてを交換可能なものに変えていくことでもあるのだ。

誰もが職種や住まいを不安定に変えさせられる中で、秋葉事件の彼はその代表の派遣社員だった。誰もが職場や地域から孤立し、公園から野宿者が・大学からビラ配りが排除され、代わりにNIKEやコンビニや監視カメラがその場を囲い込んでいく中で、彼の周りには誰もいなかった。「草食系/肉食系」「モテ/非モテ」「コミュニケーション能力」と見た目や内面を交換可能なカテゴリーにされた上で評価にさらされる中で、彼は自分が「不細工でモテない」から全てがうまくいかないと苦悩していた。

90年代から2000年代の日本は、<帝国>よろしくトヨタに代表される大企業が海外進出で莫大な利益を上げながら、政府がアメリカの戦争に全面協力しながら、国内では孤独と貧困に苦しむたくさんの人々を生み出してきた。いわば「さびしさの帝国」であり、その苦しさはとても普遍的なものだ。

それでも私たち若者世代に特徴があるとしたら、そもそも自らの人生が前向きに積み重なると思えることや安定した人間関係を一度も経験していない人が増え続けていることだろう。そうして私たちは空っぽの自分、自信のない自分、常に他者と見比べ他者におびえる自分を抱えながら、資本主義の侵入を許してきた。

それは例えばガツガツした恋愛には乗らない人が増えてきたとする(時代を考えれば当然だし、全然悪いことじゃない)。それがまず「草食系」と名付けられ、それが今度は「今は草食系がモテる」などと本来拒否していた価値観に変換され、草食系になるためのノウハウが作られていくことだと思う。

あるいは、さびしい男女を孤立した部屋の画面の前で慰めるために、どれだけ多くのAV、「イケメン」、おたくカルチャー、新種の風俗という「商品」が開発されてきただろうか。

そうして新自由主義が深刻化し続け、その分「つながり」がより激しく求められる中、秋葉事件の彼はインターネットですらもつながることができず、そのことによってさらに失望を深めていった。ネットでのコミュニケーションも競争の場にされているからである。彼は様々なパフォーマンスや空気を読むことが求められる「2ちゃんねる」などの掲示板では居場所を作り出すことが出来ず、もっとマイナーな掲示板へ向かっていった。人目を引きつけることが目的になり、自分の振る舞いをどんどんその場に合わせざるを得なくなるのは、もちろんmixiでもほとんど変わらない。

より広い枠組みで言えば、哲学者のG.ドゥルーズやA.ネグリは「規律社会から管理社会へ」と言う。近代の「規律社会」が学校や工場などで上から指令を注入しようとするのに対して、グローバル資本があらゆる領域を覆う現代の「管理社会」では、個々人が自らのコミュニケーションを自らチェックすることで、権力や規範を内面化するようになっていく。国家権力はそれができる者を「生きさせる」し、できない者は「死ぬに任せる」ようになっていく。

それでも――

秋葉事件の彼(K)のように「自分には何もない」「何もできない」と思っても、存在を示す方法があった。それは、

“しかしKの犯行後、ネット上では、非モテ男性としての彼の話題がもちきりになる。このことは、きっとK自身も予測していただろう。ここにいる限り居場所はなかったが、ここを去れば、ここに居場所ができる。社会的に存在を消してしまえば、社会的に存在は承認される。そんな自己破滅のストーリーは簡単に描くことができる。承認欲求に従っていくと、承認自体が不可能になるという逆説の中、Kは人殺しになり、多くの犠牲者が出た。”

(小松原織香「承認欲求の牢獄から抜け出すために」『オルタ』08年11、12月号)

人間が交換可能になってしまい、あとは人目を引きつけたものが勝つ。それを加藤君自身がきっとよくわかっていた。

けれど、もし私たちが殺人や自殺、そしてその拡大である戦争とは違う未来を望むのならば、自己や他者を消していく方向ではなく、まさに自らの怒り、悲しみ、喜びの叫びを上げながら、それを通した他者とのつながりをどこまでも広げていくことが求められていると思うんだ。新自由主義に留まらず資本主義そのものを問題にしていかなければいけないんだ。

“資本主義の時間は、私たちの生を包み込む時間です。私たちの外に立って、私たちの行為を測り、私たちがすることを限界づけている時間なのです。私たちの努力は、「われらはおこなう」がなんの限界ももたない社会に向けられています。そこでは、時間は私たちの生とともにある時間になっていくでしょう。……自己決定に向かう営みは、歴史から解き放たれた社会、現在の行動が過去によって決定されることから解き放たれた社会に向かう努力なのです。……そこでは、行動が過去によって決定されることはなく、何よりも未来の端緒という性格をもつようになるのです。”
(ジョン・ホロウェイ『権力を取らずに世界を変える』)


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