より、多くの反弾圧と直接行動を!〜不当逮捕を乗り越えるために」

〜「差別・排外主義にNO!9・23行動」弾圧の当該「新宿1号」から〜

9月23日の「差別・排外主義にNO! 9・23行動」のデモで二度目の不当逮捕拉致監禁をされました。
デモのHP:http://blog.goo.ne.jp/noracism99
救援会サイト:http://923solidarity.tumblr.com/
自分の声明(9月25日):http://923solidarity.tumblr.com/post/10770985186/1
岩上チャンネルによる出獄した日のインタビュー:http://www.ustream.tv/recorded/17673280
友人によるインタビュー「反差別・反排外・反原発http://www.youtube.com/watch?v=ofSHb8eNNyI


度目なので慣れがあったのと、外の仲間の手厚い救援があったので中でしっかりたたかえて、10月4日に出てきました。9月11日の原発やめろデモでも12人やられたばかり。許せない思いで、10月8日にはたんぽぽ舎で報告会をやらせて頂いた。http://www.labornetjp.org/news/2011/1008shasin

その時のレジュメに、昨今のデモ申請、デモ現場の規制も含めてトータルな警察犯罪なんだとまとめました。議論を深めながら、みんなで跳ね返していきましょう!


「より、多くの反弾圧と直接行動を!〜不当逮捕を乗り越えるために」
〜「差別・排外主義にNO!9・23行動」弾圧の当該「新宿1号」から


★皆様多謝!弾圧もデモの自由も、ぜひ「自分ならどうするか」と考えて下さい

1:警察が不当逮捕する主な目的って何?

前提:反原発デモや格差・貧困の拡大、つまり国家に怒りを感じる人が増え、全国でデモや直接抗議の巻き起こる可能性が常にある。原因のある国家はその前に押さえこみたい。2003年のイラク戦争反対デモでも、国策に反対していたので弾圧は激しかった。サウンドデモが集中的に狙われていた。

○恐怖心を与えてデモ参加者を減らす(日本は警察署内に最大23日間長期勾留できてしまい、「代用監獄制度」と言って国際的に非難されている。また逮捕の社会的悪影響が大きい。結果、仕事を失う、家族や友人や近所ともめる、本人が精神的ダメージを受ける)

○主催者を救援活動で手一杯にさせる(弁護士手配、接見・差し入れ同行、親や職場への対応、カンパ集め、情報発信、激励行動、「準抗告」や「勾留理由開示公判」の準備に追われ、次のデモなどができなくなる。特に今は参加者の多さに比べ主催者や救援経験者が足りない)

○運動を分断する(「逮捕の無い安全な行動」と「危険なデモ」に分断。「警察に抗議しない主催者や参加者」と「警察に抗議する主催者や参加者」に分断。これに乗ってはいけない。いつ誰を逮捕するかを決めるのは警察であり、サウンドデモのように工夫したり権力への怒りを内包したデモほど押さえ込みたいのであり、決してデモ側の責任ではない。)

○9/23と最近の弾圧:ただ歩いていただけの人を倒し、12日間さらう。正に「拉致監禁


2:日本のデモ規制と逮捕・勾留は全部おかしいよ!(以下は全て警察犯罪)

○デモ申請編−−「東京都公安条例」っておかしくない?=表現の自由を侵害する違憲条例。
以下は全て公安条例のせいでこうなっている。08年に自分が不当逮捕された時も「公安条例違反」。公安条例を撤廃するため「麻生邸リアリティツアー国家賠償請求訴訟団」をやっている。http://state-compensation.freeter-union.org/
(この麻生国賠の口頭弁論が9月25日にあり、原告なのに獄中で出席できなかった。裁判権の侵害だ!)
・72時間前までに最寄の警察署に届出なきゃいけない:デモやりたくなった時すぐできない。
公安委員会が許認可することで、日時や場所やコースを変えられる可能性がある(9/11)
・デモが一車線しか歩けず「横3〜4人」規制になってしまう。デモが小さくつまならくなる。海外は全車線使うから威嚇効果、迫力、面白さがある。
・250人ずつで隊列を切られる。
・デモ責任者の名前と住所を届け出なければいけない=不当な家宅捜索をされる可能性あり

○デモ現場編――痛いから押さないで!とある外国人「日本のこんなのデモじゃない」
・警察がデモの横にびっしり並び、参加者を邪魔し、外からデモが見えない。まるで警察のデモ(警察によるデモ破壊)
・「早く歩け」「内側に寄れ」と警察が参加者を押してくる。(警察による暴行罪)
・デモ先頭で「指揮官車」が大声で参加者を威嚇し、歩行者に悪印象を与える。(警察による脅迫罪)
・私服の公安警察が参加者を写真撮影する、発言をメモ。(肖像権侵害)
・交差点でビニールロープを張って飛び入り参加を妨害する。(デモ破壊)
・「参加者の出入りや歩道でのチラシ配りは違法」などとウソをついて脅す。(脅迫罪)
サウンドカーと参加者の間に割り込む(不当逮捕の温床。デモ破壊)
サウンドカーの音量を計り、音量を下げろと脅す。(脅迫罪)
・デモ責任者に「逮捕の警告」をくり返す。(脅迫罪)


不当逮捕と不当勾留編――今回ぼくが体験したこと+α

★経緯:9月23日不当逮捕・新宿署へ。外の仲間は救援会結成→24日、声明を出そうと思いトイレ紙に書いた→
25日東京地検で検事の取調べ・勾留請求(救援会の激励行動:http://mkimpo.blog.shinobi.jp/Entry/1266/
→26日10日間の勾留が決定→27日、救援会の激励行動が聞こえる:http://mkimpo.blog.shinobi.jp/Entry/1267/
10月1日:救援会の激励行動の時間を知っていたので、自分も応える:http://mkimpo.blog.shinobi.jp/Entry/1269/
10月4日釈放。新宿署前で抗議:http://mkimpo.blog.shinobi.jp/Entry/1272/
(この日に10日間勾留延長の可能性もあった。裁判官に勾留理由を喋らせる「開示公判」を救援会が企画した事で、やりたくないから釈放した可能性が高い。

★留置所の生活:6時半起床、7時朝食(ご飯とおかず3品とみそ汁)〜部屋のそうじ、
8時体操、タバコ、髭そり。11時半昼食(パン3枚とジャム)、16時半夕食(ご飯とおかず4品)、21時就寝(自分は23日夜から25日朝までハンスト)。一日取り調べは1〜3回、1回2時間くらい(自分は全て出席拒否)。最初は1人部屋→途中から6人部屋へ。朝、昼、晩と点呼がある(自分は全て拒否)。入浴は4〜5日に1回。部屋で普段は読書、睡眠、おしゃべり(いつ出署できるかなど)をして過ごしている。部屋の人間関係は良かった。 水や読書には許可がいる。許可なしに房の外に出られない(激励行動時には、「ロッカーから荷物を出したい」と言って部屋の外に出て、隙をついて窓を開けて手を出して応えた)。

★逮捕→勾留における警察、検察、裁判所の連合犯罪
・暴力的な押さえ込み、連鎖逮捕、逮捕理由のでっちあげ(警察による拉致・監禁罪)
→「公務執行妨害」が一番多いが、「デモ現場編」の異常規制は最早「公務」と呼べない警察犯罪。加えて不当逮捕。だからその後の取調べも、全て警察の犯罪と言いました(声明参照)
・取調べ=脅迫罪。「名前と住所を言え」「なぜこのデモに参加した」「主催者や他の仲間は誰だ」
「親が泣いてるぞ」「仕事なくなるぞ」「喋れば開放してやる」(脅迫罪)
(自他を守るために黙秘しよう。寝たり、頭の中で音楽をかけたり、取調官が誰に似てるかとか考えて時間をつぶそう。僕は今回取り調べに行くこと自体を全て拒否しました。)
・所持品を押収する=出る時に返される。なるべく携帯や手帳は持たないように。(窃盗罪)
・写真撮影、指紋採取=プライバシー侵害。僕は30分抵抗しました。(肖像権侵害)
・きつい手錠をかけ、ロープを引いて連行する。(暴行罪)
・「接見禁止」=弁護士しか面会できなくなる。仲間から孤立させる。(精神的苦痛)
・検事が勾留延長を要求し、裁判官は無条件に認める=三権分立の否定。
東京地裁の待合室は、超長時間、イス硬い、狭い、私語も移動も禁止、まさに拷問。)
・家宅捜索=住居不法侵入、窃盗罪。まさに戦前の特高警察のような嫌がらせ。「現行犯の証拠」は現場にしかないのに、PC、レジュメ、チラシを押収。家族や近所に被害と悪印象を与える。(警察による住居不法侵入、窃盗)
・最低48時間、最大23日の長期勾留=まさに人権侵害。(監禁罪)
・釈放後の処分=不当逮捕が明らかでも「嫌疑なしの不起訴」(証拠がない、無罪が明らかな場合の不起訴)ではなく「起訴猶予処分」(被疑事実が明白な場合の不起訴)が多い。=三権分立の否定

3:今回の特徴
・外からの救援が手厚く、信頼できたため、獄中でも頑張れたし、警察も強引な取り調べができない。普段からの運動やデモ参加者どうしのつながりをつくることが大事。
・支援が広がった。反弾圧の国際連帯。フランスの「NO―VOX」などが5000通の抗議署名を集めてくれ、パリの日本大使館にデモを計画。ハングルへの翻訳。
・声明文を出す、取り調べ出席拒否、点呼の拒否、ハンスト(途中まで)、声明文を獄中から出す、激励時に部屋の外に出て窓から応える、など自分でやれることは何でもやってみた。
・映像の力。不当逮捕だとはっきりわかる、これも救援会の力。08年の不当逮捕でもその力は大きかった。

;">★今回のデモ、弾圧、普段の活動で自分が訴えたかったこと:
新宿1号 声明(9月25日)
http://923solidarity.tumblr.com/post/10770985186/1

2011年9月23日、差別・排外主義に反対する新宿デモに参加したわたしは、突然デモ隊に乱入してきた警察=日本政府に拉致され、新宿署に監禁されています。警察=日本政府と新宿署はいますぐ外に出せ!

この日も警察=日本政府は、憲法で保障された表現の自由を行使するデモに対し、東京都公安条例という違憲条例をたてに、広い道路のたった一車線しか歩かせず、わたしたちの身体を強引に押し続ける暴力をくり返していました。それでもわたしたちは、日本の国家と社会にはてしなく広がる外国人差別の政策と風潮(特に在日朝鮮人ヘの迫害や中国・朝鮮に対する日本の戦争政策)に反対し、「生きる権利に国境はない!」と訴え続けていました。

そのデモ隊に突然、警官の部隊長のような者が乱入し、わたしを指さし「検挙、検挙」と叫び、十数人の警官がいっせいに飛びかかってきたのです。わたしは地面に倒され、抱え上げられたまま100mも連れ去られ、大男たちにひじやひざでまた叩きつけられ、そのまま護送車に叩き込まれました。身体中にあざが、手首には強引な手錠のあとが、くっきりとあります。まさに拉致・監禁なのです。

デモ中の公務執行妨害とやらは、警官側の暴行を正当化し、不当逮捕で拉致・監禁することの代名詞です。だからわたしは、そもそも警察の「公務」など最初から一切成立していないとの前提に立ち、警察=日本政府がその後署内でやってくることをすべて拒否することにしました。取調べという名の脅迫に一切答えず、奪い取ったわたしのバッグの中身をわざわざ確認させようとする警察に窃盗犯と抗議し続け、写真撮影や指紋の採取というプライバシー侵害をさせないよう抵抗し続けました。その際、顔を撮ろうとアゴを押さえつけられ、口の中が切れ、7〜8人で押さえこまれている最中に最年長者が「お前に人権なんてねえんだよ」と言い放ちました。これが警察=日本政府の腐った現実です。わたしは自分のことと、9月11日に原発やめろデモで同じ新宿署が12人を拉致監禁したことに抗議し、点呼や取調べに出ていくことを拒否し、食事を拒否するハンガーストライキも25日朝まで続けました。

原発反対デモへの警察=日本政府の大弾圧が続いています。「逮捕されるほうも悪いのでは……」「警察の挑発にのらないように」という声に対し、わたしは「いきなりデモ隊をこわして人を連れ去る警察は防ぎようがない、暴行する警察=日本政府が120%悪い」と答えます。その暴力性は日本政府と資本家が原発を動かし続ける悪意そのものです。そして、広がるデモ隊が街頭の自由を取りもどすことへの警察のデモ破壊です。日本政府も警察も、エネルギー・経済政策や表現の自由を自分たちが管理し続けることしか頭にない。自らの地位を守り続けるために、わたしたちが自分たちのことを自分たちで決めていくことを心底怖れているのです。

だから福島では補償も情報開示もせずに、人々を高濃度放射能の檻の中に閉じ込め、東京では反原発デモを徹底的に破壊する。9月11日の12人を全員解放した翌日にまた今回の拉致・監禁事件を起こしたのです。この国の政府と警察は福島と各地のわたしたちを殺している。大量に殺している。権力者は人々の敵です。だからみんなで闘いましょう。反原発の大きな運動をつくっていきましょう。

そして今回、警察=日本政府は「差別・排外主義反対デモは原発反対デモに比べて人数が少ないし、世論の支持や注目も少ないから弾圧しやすい」と狙った面もあるのではないでしょうか。自分も不十分ながら差別・排外主義に反対する行動に参加してきましたが、少人数でいつも警察に囲まれていました。一方、在日朝鮮人を攻撃する市民右翼グループや、去年の秋に強大化した反中国デモの暴力性は野放しにされ、人数も増え続けていました。何より日本政府が、たとえ脱原発依存などは口にしても、朝鮮学校などを差別し続け、入国管理局で外国人を虐待し、中国を敵視し、沖縄や南西諸島に軍隊を送り込み続けているからです。日本政府は3・11のはるか前から、そうした人々を「殺し」続けてきました。戦後日本がアジアに対する戦争責任を取らない結果が、いまやここまで来てしまいました。

今回のデモへの弾圧は、警察=日本政府が外国人とアジア諸国への差別・排外主義、戦争政策を今後もやり続けるという表明だと思います。原発推進とあわせて、これが新首相野田の答えなのです。わたしはそのすべてにNOを言い、行動で止めます。野田はいますぐ辞めろ。警察はデモに来るな。警視総監は一連の拉致・監禁の責任を取って辞任しろ。権力者・資本家と闘う力をつくっていこう。

差別・排外主義をやめる/やめさせることで、虐げられた人たちと真に連帯したい。原発も戦争も終わらせ、未来を変えたい。世界は必ず変えられる。救援活動に走る仲間に、カンパや応援メッセージをいただいた方に心から感謝します。ぜひ、まだ見ぬ皆さんも一緒に声をあげ、行動してください。がんばりましょう。

2011年9月25日 新宿1号